郷鍼療所を見学して 野溝 雄輔
井の頭線渋谷駅からそのまま駅ビル内を歩いて行くこと約7分。または同線神泉駅から歩いて4〜5分。道玄坂の上、駅前の喧噪からやや抜けたところのビルの7階に郷先生の治療院はありました。昨年度まで東鍼会青年部長として活躍されていたため、ご自身の治療室を見学会としてお見せになるのは初めてということで、私は今回の会に参加できることに非常に興奮していました。
エレベーターで上がるとすぐ右手に濃い緑色の扉に「郷鍼療所」の横書きのプレートがあり、扉を開けると左右に延びた廊下、そして左やや斜め前に受付がありました。受付を挟むように両側に個室の治療室があり、さらにその隣にもやはり壁で仕切られた治療室がありました。
右奥突き当たりには淡いグリーンのソファーと植物、そして鍼灸に関する記事、子供の患者が書いた郷先生の絵などが飾られた、落ち着いた雰囲気のある5畳ほどの広さの待合室。その右隣に郷先生の院長室兼検査室があります。ここにも普段ベッドが置かれていると言うことですが、今回はそのベットを取り払い、そこを先生のお話を伺う会場としました。
今回は2部入れ替え制になっており、1部を学生中心、2部を鍼灸師中心と言うことで、先生のお話も参加者の立場に応じた内容ぶりになっていました。私はスタッフとして参加させて頂いたこともあり、全内容とはなりませんでしたが、両方のお話を伺う機会を得ることが出来ました。
料金体系は渋谷にしてはやや割安感を感じる良心的な設定。子供においては小中学生から乳幼児まで3段階に細かく設定されています。この設定は八綱療院をもとに設定されているそうです。
スタッフは郷先生と、以前からいらっしゃる仲盛先生という若い先生が中心で、他男性の助手一人と女性の助手4人でサポートしているようです。服装は院長は白衣ではなく藍色の、女性はピンクや淡いグリーン、イエローなどの清潔感のある制服で統一されています。デザインもちょっとしゃれていました。
治療時間は全部で約1時間。しかし治療そのものは45分以内で終わらせるということです。ただ、慢性疾患の一部は予約枠を大きく確保して治療するそうです。何故そこに時間をそんなに長く取るかという一つの理由は、都会で働く人は、パソコンの長時間業務やエアコンの長時間暴露が顕著で、それがひどい虚寒証と自律神経失調症状を招いて病状を停滞化、長期化、複雑化させてしまっていると言うことです。だから、カーボンランプや灸頭鍼を多用し、芯まで暖めなくてはいけないので、それだけ時間がかかるというのです。治療院内の壁紙は移転2年にして早くもうす茶色に変わってきていました。
初診の初回治療は5〜6分目で終わり。
それと郷先生の経験からすると、自律神経の乱れの多い渋谷の患者たちは強刺激をすると症状が悪化してしまうので、刺激量も果たして少なくなると言うことです。
保険診療は扱ってはいますが、支給額からすると1回の治療には15分しかかけられないので、治療的にはなるべく使いたくないといっていました。現在、東鍼会で最新のレセプト用ソフトを導入して、より簡易に早く処理できるようになったそうです。
何より印象に残った言葉がありました。自分が治したと思わないこと。
「治すよりレスキューしているのだ」と言うことを心にとめておくべきだ、ということです。さらに、自分はいつまでも成長途上であり、誠意さがなにより自分を成長させ、患者さんを呼び寄せる力になるということです。
患者さんが治らない時、煙に巻くのではなく、「あなたが一番辛い時は私(郷先生)も一番苦しい。」と率直に言いたいと思うし、実際にそう接していますとおっしゃる郷先生。
率直で飾らないお人柄が言葉の端々から溢れていました。
他にも、どんなに狭くとも待合室は患者さんがホッとするような空間として、こだわってレイアウトして欲しいと言います。
患者さんはおいでになってもすぐに治療室には入れません。待合室でまず一息ついて、その場所で展開されている郷先生の静かな主張(鍼灸の切り抜き記事、各認定講習の賞状、小児針のポスターなど)を見つつ、日常から離れてもらう、いわばオアシス的な場所として活用してもらいたいと願っているというのです。
他の話として、資産ゼロから始めた郷先生が、いかにして4畳半の治療室から始めることができたのか、自治体からの資金貸し付けの仕方や、都市における患者層.営業時間の設定、ポスティングが都市では必ずしも有効でないと言うこと(ポスティングからは一件も顧客が得られなかった)等、具体的に色々と話して頂きました。
スタッフの教育の重要性も語られ、実際、スタッフの方はキビキビとしかし親しみを保って我々に接してくれました。
あらゆる事で勉強になった今回の見学会。
郷先生にお会いできたことに感謝し、姿勢をたくさん見倣って、そして今後も先生にご交誼願いたいと思います。
さいごに、大兼先生の今回の現場での指示・設定。初めてとは思えないもののように感じました。
本当にご苦労さまでした。
2005年6月27日